今月の1枚
トーキング・ヘッズ/Speaking In tongues(1983)
トーキング・へッズをパンクの系譜に含めるか、というのはいささか微妙なところではある。まずもって、パンクの一つの特質である「反社会性」という点では特に彼らの音楽が反社会的だとは思えない。もう一つの特質である「単純なコード進行」という点では、確かに概ねそうは言えるかもしれないが、和声付けはたいていの場合薄く、音の骨格のみが明瞭に浮き出るような方向でなされている。リズムは、というと、一見シンプルではあるのだが、このシンプルさは全く意識的なインテレクチュアルな選択だろう。彼らの場合、何というか、「ため」とか「ドライブ感」みたいなものがほとんどなく、むしろテクノに通じる感覚を備えているのだ。そのクールさに浸っているうちに別種のドライブ感の中に入ってゆく、ということはあるけれど。傑作『Remain In Light』では、そのクールさが保たれたまま、リズムの複層化が推進されている。もともとあったファンクの資質が更に全面開花したのが、過小評価されている『Speaking In tongues』で、ここでは今まで述べてきた特質が徹底されて展開されているが、もう一つの彼らの特質である、非常にマニエリスティックな装飾、というのが最も推進されているのもこの作品においてだ。シンセの音色のセンスにしろ、いわゆる「おかず」の入れ方にしろ、どこか従来のロックのノリを絶えず裏切る形で、「ロックらしくはまる」のではなく絶えず異化し聴く者を覚醒させてゆくような方向づけがなされ、それが、少し離れて見た時におもちゃ箱をひっくり返したような、ポップ・アート的な印象につながってくる。これがニューヨーク的、ということなのだろうか?大体70年代後半あたりからロックは全体として失速し始めたが、トーキング・ヘッズは、ロック全盛期以後のロックの可能性を高いレベルで提示した重要な存在である。続く『Little Creatures』ではいつになく素朴なポップに回帰し、人工性は後退するが、クールさと情感がないまぜになったその音楽は愛さずにはいられない。

今月の展覧会
(1)草間彌生(〜7月4日、木場・東京都現代美術館)
忘れもしない、草間彌生本人を初めて見た時の印象は極めて強烈だった。80年代の前半だったと思うが、渋谷で東野芳明や当時売り出し中の伊東順二らと共にトークみたいのをやったのだが、全身黒づくめで黒マントを羽織りつばの広い黒の山高帽に黒薔薇の造花を絡ませた彼女を中心に、そこには異様にテンションの高い空間が現出していた。単にその格好のせいではない。何というか、見えはしないが全身から強烈なオーラのようなものが放射されていて、あたりの磁場を完全にねじ曲げてしまっている、という感じ。人間が一人存在するだけでこんなに周囲の空間が変質してしまう、という体験は後にも先にもない。そしてまた、人格がパラノイアックなまでにハイ・テンションだった。数年後に会った時は、だいぶ穏やかなおばあさんになった、という気がしたが。もちろん、あの格好を単なるスタンド・プレーだと言うことはたやすい。そこには、ニューヨークの美術界で生き残ってゆかねばならぬという背景もあったろう。日本で活動していたなら、ああいう格好にはなってなかったと思う。日本人美術家としては戦後かなり早い時期に渡米し、単独で道を切り拓いてきた草間彌生の存在の強烈さは、その背後から立ち昇る半端じゃない異国での闘いの年月と並々ならぬ決意の痕跡から来るのだ。そしてまた、やっていることが社会的な意味でも過激だったので、かつては「スキャンダルの女王」とか「日本の恥さらし」的なニュアンスで日本のジャーナリズムの間で批判的に取り上げられていた時代もあったが、今日の彼女の世界的な評価は、今や誰が最終的な勝者なのかをはっきり告げているのであった。幼い頃に長野の河原で延々と小石を積み続けたという彼女の表現活動は、生来の空間恐怖を克服するための自己治療の産物であったのだろう。彼女の「反復」がミニマル・アートやウォーホールに影響を与えた、という話もあるが、彼女の場合はそのユニット一つ一つがすべて別個に伸び縮みする有機体的な生命を持っていて、それが無限の空間にどこまでも増殖してゆく、そのオブセッションの強靭さが観る者を包み込み、圧倒する。同じ美術館で同時に開催中の荒木惟経展と合わせて回ろう。
(2)ジョイス・テネソン(〜6月25日、原宿・VERSO PHOTO GALLERY)
アメリカ出身の写真家ジョイス・テネソンの東京では久しぶりの個展。テネソンの写真は常に白いヴェールに包まれたかのような柔らかな薄明の中にある。人間の肌はリアルさから遠ざかり、紗のかかった靄の中にどこまでも漂い、背景と肉体との境界線はどこまでも曖昧になってゆく。まずここで、非常に的確で絶妙な光の演出の冴えを押さえておこう。実際、照明の強さやアングルがわずかでもずれたら、このガラス細工のような繊細極まるはかない世界は瞬く間に崩壊してしまうに違いない。その意味で、完璧に構成したものであるのになぜか、彼女の作品は永遠性とともに、「今、この一瞬」でしか成立しない危うさの感覚にも満ちている。人物たちは実際に絹のような薄衣に身を包まされ、更にはかない光のヴェールを身にまとうのだ。凝固した人物像という点では服部冬樹ともある意味似ているが、服部の場合は背景と人物との幸福な一体感はなく、そこでは物質化された人体が雨風に何百年も晒されてきた彫像のように無限の時間の中に静止している。それに対し、テネソンの人物たちは、きっと一瞬のそよ風の囁きでもはかなく消滅してしまうだろう。ただ両者とも、おそらく彫刻からイマジネーションを得ている、という点でのみつながっているのだ。

今月の1本
花嫁人形(1919ドイツ、エルンスト・ルビッチ監督)
スタンバーグもラングもサークも、そして言うまでもなくルビッチも、ドイツからアメリカに渡ることによってハリウッド映画を、ひいては世界の映画史を豊かにすることにどんなに貢献したことか。その一方で、ドイツ映画が世界的レベルで見てついに重要な地歩を占めることができなかったのは、こういった凄い才能たちを他国に取られてしまったからに違いない。あーあ、残念でした。さてルビッチだが、彼の作家活動は大まかに括るとドイツ時代のハチャメチャからハリウッド時代の洗練へ、ということになる。若かりし頃に徹底的にハチャメチャをやりたいだけやり切っていたからこそ、後年のハリウッドでの映画史上誰も並ぶ者のない高度な洗練にまで到達できたのだろうか。ハリウッドで撮った『街角』や『極楽特急』、『天国は待ってくれる』などの洗練の極を行ったルビッチしか知らずに『花嫁人形』や『牡蠣の王女』を観る者は、その仮借なきドタバタぶりに驚くに違いない。この『花嫁人形』の場合で言えば、まず、置かれてゆくミニチュアの家や木々が魔法のように本物になるところから始まる幕開きが、はやくも観る者を寓話の世界へと誘い込む。顔があっていつも笑っている太陽が見降ろしている。屋敷の中、上を下への大騒ぎで結婚したい女の大群に追い回される男のシーンは『セヴン・チャンス』を思い出さずには観れない。そして、人形になりすました娘をめぐってのギャグの応酬。驚愕したお父さんの髪の毛が真っ白になってゆくところなどになんとアニメまで使ってしまうのは、後年のルビッチの演出からすると考えられないことだ。あらゆるギャグはサイレントならではで純粋に視覚のみで訴えるように演出されるが、このサイレント経験が後年のトーキー以後のルビッチの豊饒な完成に必要不可欠なものであったことは言うまでもない。

今月のマンガ
ヤスジのメッタクチャバカ(1977、谷岡ヤスジ)
もう10年以上遠ざかっていた谷岡ヤスジだが、このたびまだそう歳でもないというのにいきなり急逝してしまったので、こちらとしてもどう対処したらいいのかとっさのこと故わからず、とりあえずここに書くことで気持ちを整理しよう、ということになりました。そういうわけで、近年のヤスジについては何も知らず、この不世出の天才がはたして最後までレベルを落とさない仕事をしていたのかどうかも定かではない。そもそもマンガ雑誌の動向についてはとんと疎いので、彼が近年何かに連載を持っていたのかどうかも知らないのであった。しかし、いずれにせよ彼が登場以来他者の追随を許さぬ独自の表現者であったことは確かなので、仮に晩年にかつてのテンションを維持していなかったとしても、彼の評価の高さは変わらない。マンガの本質が、実は「いわゆるうまい絵」にはないことは、マンガを読む人間なら誰でも体験的に知っているはずだが、それを谷岡ヤスジほど如実に示した作家もいなかろう。彼の絵は、一見めちゃくちゃ下手にも見えうる。昔中村とうようがヤスジの絵が下手でキタなくてどうしようもない、というようなことを書いていて、中村氏のセンスの程が明確にバレてしまったこともあったけど、実はヤスジは全く下手な作家ではなく、その意味では例の「ヘタウマ」とも違うのである。彼が下手ではないことは、極端なぎこちなさやデフォルメを完璧にコントロールできていることからもわかる。確信犯なのだ。そして、いつ、どこで、何を、どれくらいデフォルメすればいいのか、を的確に判断でき、それを最大限効果的にリアライズする技量を備えている。そこに更に言葉に対する絶妙なセンスの冴えが加わる時、もはや向かう所に敵はない。やはりまだ世を去るには早すぎたと思う。合掌。




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