作曲家・鈴木治行のコラム

今月の1曲
ガリーナ・ウストヴォルスカヤ/ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲(1964)
20世紀ロシアの最も異常な作曲家は誰かしら。それはガリーナ・ウストヴォルスカヤを措いてはあるまい。1919年に生まれ、誰にも似てない音楽を孤高に書き続けてきたウストヴォルスカヤについては、まだまだ分からないことも多い。彼女の音楽から師のショスタコーヴィチを連想することは難しい。80年代以降、ソヴィエト連邦の崩壊に伴って様々なジャンルの前衛的な芸術家が西側に紹介されるようになったが、そういったロシアの作曲家達、例えばシュニトケにせよデニソフにせよグバイドゥーリナにせよ、それぞれ違いはあれ西洋の前衛音楽を通過してきた過程が彼ら自身の音楽の中に明瞭に見て取れるのに対して、ウストヴォルスカヤの場合は拠ってきたる音楽発生の起源がどうやら全く異なっているようだ。あるいは初期にはもっとモダニズム的な音楽を書いていたのかもしれないが、現時点では確かめようはない。ウストヴォルスカヤの音楽の強靭な生命力は、構造や展開ではなく、発せられる一音一音それ自体の中にある。装飾を排した裸形の音がいちいち全身全霊を込めて反復されてゆく時、その音は次なる展開を導くための過程としてではなく、その音それ自体で充足する。その強拍観念的な感覚、畏怖に似た感情の喚起、更には党派を作らず謎に満ちた人生を送り晩年(または死後)になってようやく世界に見出されたことなども考え合わせると、一見全く似ていないながら、ウストヴォルスカヤの像はかのジャチント・シェルシと重なってくる。水平にどこまでも伸びてゆくシェルシの音楽と、垂直に屹立するウストヴォルスカヤの音楽が十文字を描いてクロスする。

今月の1枚
楽しい音楽/やっぱり(1983)
80年代のレトロ・ブームの波の中で出された自主制作盤の一枚がこの「やっぱり」で、ジャケットの絵の霜田恵美子、裏に載ってるマンガの蛭子能収、声で一部に参加しているあがた森魚などの顔ぶれを見るだけでもおおよその傾向が分かろうというものだが、おまけについている駄菓子屋感覚の品々もレコード1枚ごとに異なっているという凝りようだ。ちなみに僕の持っているレコードには、昔よく売っていた怪獣の写真=ウルトラセブン、がついていた。ある世代以上の人には分かるかな、思えばよく買ったもんだ。で、その音楽はといえば、チープなリズムマシンに乗って、変調して作った子供の声でお正月やらプラネタリウムやらウルトラQやらについての歌詞をペンタトニックなメロディで歌う、というもので、随所で殊更に「楽しさ」が強調されるところが音のチープさと相俟って空虚さを加速させる。中でも、どこまで意識的かはさておき、全く意味をなさぬ退行しきった幼児的発声とオノマトペによってシンプルこの上ないフレーズを繰り返してゆく「道でばったり動物たち」は、精神分裂症と隣り合わせの身の毛もよだつ傑作である。但し、残念ながら今このレコードを入手することはおそらくかなり至難の業であろう。

今月の展覧会
河原温(〜4月5日、東京都現代美術館)
日本のコンセプチュアル・アートの世界的な大家である河原温の、おそらく国内では過去最大規模の回顧展がこれである。50年代の「浴室」シリーズの頃はまだ通常でいう絵画を描いていたが、そうはいってもあのシリーズの歪んだ閉塞感覚と淀んだシュールレアリズムは全くオリジナルなものだった。普通河原温といえば「日付絵画」や「I Got Up」シリーズが知られているが、「日付絵画」では例えばキャンバスの上には「APR. 6. 1987」という白い文字が丁寧なタッチで描かれているだけで、実はその日付はそれを描いた日付と一致している、ただそれだけ。そして、河原温はその作業を30年以上続けてきた。どこかで本人が書いていたが、ただそれだけとはいっても一日のうち半分くらいはこれ一枚描くのにかかるというから、これはよほどの決意と持久力がなければやっていられまい。かつて僕が一番好きだったのは、忘れもしない、もう10数年以上前になるが、フィリップ・グラスのアンサンブルが初来日して浜松町でコンサートをやった日の昼に、外苑前のギャラリー・ワタリで見た「100万年の本」という作品だった。机の上に10冊のぶ厚い本が並んでいる。1冊手にとって開けてみると、めくってもめくってもどのページにも延々とタイプで打った数字がズラーッと並んでいるばかりで、全ての数字の後ろにはA.D.と添えられている。他の9冊も同様。よく見るとその数字の並びは上から下へ順に一つずつ減っている。そして10冊目の最後は、確かその年の198×, B.C. 。つまり、1冊10万年として全部で100万年分の年号を全て可視化してここに示しているという訳だ。紀元0年までA.D.は減り続け、やっとそこからB.C.が増えてゆくのだが、B.C.になるのは10冊目のもう最後の最後の最後、という感じで、なったと思ったらあっという間にもう現代。一体その前の膨大な年月の圧倒的な重みをどうしてくれよう。実はこの「100万年の本」には、現代を起点にこれから後の100万年分をタイプした姉妹作もある。同傾向の作品に、100年分のカレンダーというのもあったっけ。まだこの展覧会は行ってないが、たぶんこの辺とか、他にも、語りたいけどスペースがもうない「I Met」や「I Went」のシリーズも出されているのではないかと推測され、今から楽しみだ。

今月の2本
(1)ダイヤルMを廻せ!(1954アメリカ、アルフレッド・ヒッチコック監督)
やっとヒッチコックの出番と相成った。ハリウッドにはまだまだ取り上げていない凄い監督がわんさかいて順番待ち状態になっているのだが、一通り紹介し終わるのもいつのことやら。さて、ヒッチコックであるが、イギリス時代から晩年に至るまで全時代通して多少の出来不出来はあっても、一貫して再見に値する作品を撮り続けたのはさすがである。その全ての作品に創意工夫の喜びが満ち満ちている。ヒッチコックにとって、これでもかと工夫に工夫を凝らし、伏線を張り巡らし見る者の意識に常に一歩先んじてサスペンスを醸成してゆく演出の作業はどんなにか楽しいものだっただろう。映画を作るとはこういうことなのだ。ヒッチコックとロッセリーニがイングリッド・バーグマンを巡って反目し合っていたのは有名な話だが、バーグマンはさておいてもヒッチコックとロッセリーニのそれぞれの映画のあり方はまさに対極的で、今もって世界の大部分の映画はこの2つのタイプのいずれかに分けられるだろう。編集を生命とするハリウッド的映画のあり方の一つの完成形態がヒッチコックだとすれば、その閉じた人工宇宙に現実世界の風穴を開けたのがロッセリーニであった。そう、勿論その先達としてルノワールを忘れてはいけない。「ロープ」(1948)が映画全体をどこまでワン・ショットに近づけられるか、という試みであったとすれば、この「ダイヤルMを廻せ!」は室内シーンのみに限定してどこまでスリリングかつ濃密な時間を持続させ得るか、という試みだったといえる。それにつけてもやっぱりグレイス・ケリーはいい。2月20日まで、新宿はシネマ・カリテにて上映。
(2)天使の影(1976スイスかドイツ、ダニエル・シュミット監督)
無自覚にロマン主義やメロドラマに回帰した場合、それが歴史を反復する不毛に陥らずにいられることの方がむしろ難しかろうが、かといって形式主義に向かうのも抵抗あるというのであれば、さて、どうすればいいだろう。そこで一旦形式主義、自己客体化を通過した後でロマン主義やメロドラマの側へ再度降り立つ、という戦略が重要な意味を持ってくるのだ。例えば近年のジョン・ゾーンの徹底的に一度距離化を施されたド表現主義のラディカルさはそこにある。ロマン主義が基本的に自分と対象との距離を無化し、自己同一化へと向かうとすれば、そこにいかに距離を導入するか、が重要な分かれ目となってくる。そしてダニエル・シュミットの場合、彼はいかにものどろどろした世紀末的メロドラマをこれみよがしに我々の前に繰り広げてみせる。その毒気が近年薄れてきたのは残念だが、初期の、いかにも存在そのものが退廃しているイングリッド・カーフェンや、変態的なねっとりした目つきが気持ち悪くてかわいいペーター・カーンらが常連で出ていた頃のシュミット作品の方がどうしても刺激的だ。例えば音の扱い一つ取ってもシュミットのメロドラマの客体化ぶりは分かろうというもので、よく出てくるオペラのアリア(シュミットのオペラ好きは有名だ)と、甘ったるいポップス、そして次の瞬間それらのムードをぶち壊す電子音のことを思い出してみてもいい。ちなみに、老人嗜好症でもあるシュミットにとっては、オペラの魅力というのは既に19世紀を以て死んだ表現媒体の死体をもてあそぶ快楽に通じているに違いない。それが最も明瞭な形で現れたのが「トスカの接吻」(1984)であった。

今月のマンガ
柔道部物語(たぶん80年代、小林まこと)
もう一人のゴーマンな小林ほどには派手に脚光を浴びはしないものの、小林まことはやはり日本の現代マンガを語る上で落とすことのできない重要な才能の持ち主である。柔道ものは、彼自身かつて柔道部だったこともあり思い入れが深いようで、デビュー作(だったと思う)の「1、2の三四郎」以来の得意ジャンルといえる。この「柔道部物語」は他のどの小林作品にもまして堂々としたベテランの会心作だ。将来もこれを越える柔道マンガが現れるとはとても思えない。小林まことの特質はいろいろあるが、どんなにシリアスになっても必ず随所にギャグのセンスがちりばめられ、決して深刻になりすぎないところなどは、彼の照れから来ているのであろうか。それも、シリアスな場面とギャグの場面とが断絶感を以て共存しているわけではなく、シリアスな絵が同時にギャグを内包している。それは、小林まことの作品では、マンガがデフォルメの表現であったことを改めて我々に思い出させてくれるほどに、人物の顔の表情が豊かだという事実に深く関わっている。優れたマンガ家であっても、例えば高橋留美子やあだち充のように描く顔のバリエーションが意外と少ない人の方がむしろ多いのではないか。一方の小林まことの人物の表情は、まさに千変万化、子供が落書きで先生や友達の顔を大袈裟にデフォルメしてみせる、あのふざけた快感を常に伴っており、それが常に深刻さに陥ることを牽制し続けているのだ。




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