Re: 三行書簡12(一つの音)

投稿者:山本裕之
投稿日:97年6月15日 00時06分03秒
リモートホスト情報:ppp036.tokyo.campusnet.or.jp
田中吉史氏の投稿「 Re: 三行書簡12(一つの音)」に対するコメントです

(内容)

マニアックな話、続きます。

> うーん、山本さんの言われる「メタレヴェルの音」というのは、要するに音楽を
> 構成するときのユニット、という感じでしょうか。
そうです。そして従来の考え方での個々の和音構成音は「楽音に満たない」ものとして
考えました。

> そうすると、僕が今まで理解していた「何が一つの音なのかわからない」といった
> 山本さんの言明は実は随分違った物だったということでしょうか。
> 僕自身は例えば、非常に弱音から始まったり、ノイズに混じったりして曖昧にしか
> 聞き取れないような音、行ってみれば非「音」と「音」との曖昧さ、という感じだ
> ったのですが、むしろ音楽を構成する時のブロックとして音(の集まり)を単位とし
> て捉える、ということだったみたいですね。
いえいえ、混乱させてしまったようですが、「何が一つの音なのかわからない」に対して、
今までふたつのアプローチがあった、ということです。
まずは「譜面に書かれる*一個の音符*が、実は*一音*とは言えない」という考え方。
そして「楽音が必ずしもそれぞれ*一個の音符*では書かれない」という考え方。
そして共に「どこから始まってどこで終わるのかが曖昧である」というのは共通しています。


> > 多分ここが私にとって一番納得のいかないとこなんでしょう。
> 具体的に言うとどういうところが納得いかないのでしょうか?
「Sonitus」と「Forma」に納得がいかないのになぜ「北回帰線」で疑問が
生じないのか?
例えば田中さんの感じる「Forma」の観念的な部分が「北回帰線」で*解決*されて
いるとは思いません。


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